研修医Gさんの場合(前編)

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当サイトでは、若手の先生方がどのようないきさつで今のキャリアプランを選んだのか、インタビュー形式でご紹介していきたいと思います。今回は「研修医Gさんの場合(前編)」です。

医療系コンサルタントである管理人が執筆しています。

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大学入学後は中学校・高校と続けていたバドミントン部に所属し練習に励み、部活以外では寮の友人と日々集まってはばか騒ぎをしていた。

札幌という新天地での一人暮らしであったこともあり楽しく充実感はあったが、大学三年半ばに、各企業や官庁へ就職を決めた高校時代の同窓生が人生や社会を大きく変える一歩を踏み出している姿をみて、自分の未成熟さを認識し、より広い世界をみて、広く深い視野を身につけ、将来的に医療をよりよい方向へ強く変革していける素養を身につけようと思うようになった。

その後の学生時代は、多くの人に接しよう、さまざまなことを貪欲に吸収しようと取り組んだ。

例えば腫瘍病理学講座の田中仲哉先生のもとで病理診断・基礎研究・USMLEの勉強を端緒に医療の現状・側面に関して数多くの経験を得たこと、日本医療政策機構(HGPI)でのインターンシップ、バックパック片手に国内外の多くの場所を旅した経験などである。

何をしようかと悩んでいたのが嘘のように、一つ新しいことに取り組むとその縁で次の挑戦へとつながるようになった。医学に限らない新しい環境に出ることはその経験自体が貴重であったし、人生を通じた財産になる視野・友人を得ることができた。

初期研修の長い歴史、臨床留学や公衆衛生大学院留学の経験者が多数いること、各立場の専門家・先輩による教育的環境、症例の豊富さ、屋根瓦方式の教育などを理由としてA病院を第一志望とした。

結論として、自分の選択理由は初期研修選択の核心ではないと気づいたが、選択に誤りはなくむしろ期待以上の充実した研修生活を送っており、後輩にもぜひA病院の研修を勧めたいと思う。

ただその最たる理由は、間違いなくひとにある。

というのは、自分にとってやA病院での研修で得た最大の財産は「医師として人として本当に尊敬できる先輩医師に多数出会えたこと、敬愛し信頼のおける同期と苦楽をともにできたこと」であり、初期研修で最も大切な点はここにあると感じている。

医師としての礎を築く初期研修は、知識や技能の習得は当然のこととして、他職種や患者さんとの関わり、自己研讃を行ううえでの、今後の医師としての姿勢を形づくるものである。

大切なのは間違いなく「ひと」との出会いや共有する時間であり、直感・評判・歴々の先輩医師を信じて初期研修病院選びをするとよいと思う。

(続く)

研修医Fさんの場合(後編)

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学部に戻ってからは臨床研修先を考えるようになった。特に私の場合は三年間回り道をしたという焦りもあり、少しでも早く臨床の能力をつけたいと思った。

そのために厳しい競争のもと全国から優秀な人間が集まる研修病院、なかでもA国際病院での研修を志した。

しかし特に私のような地方大学の人間にとって、東京ましてや有名病院の受験は、経済的・時間的な面、失敗するリスクが高いことを考えるとそのハードルは高い。

まわりをみても皆口にはするものの、行動に移す人はごく少数であった。

私も実際に迷ったが、やはり挑戦してみたい気持ちがある以上行動に移さなければ後悔すると思い受験してみたところ、運よく採用していただき今の自分がある。

決してA国際病院で研修を行うことが最高の選択肢などとは思わないが、ただ迷うだけでなく実際に行動に移してよかったと心から思っている。

後輩へのアドバイス

自分の目標、希望をかなえるために少しでもプラスになると思えば、仮にそのハードルが高くても思い切って行動に移してみる。前向きに挑戦したならば仮に思うような結果がついてこなくても後悔はしないであろうし、決して口だけで行動の伴わない人間にはなりたくないと思う。

これからもそのような気持ちを忘れずに研錯を積んでいきたい。

研修医Fさんの場合(前編)

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「研究と臨床、その両方にわたって高い能力を有すること。そのうえでがん、特に肺癌の分野で基礎と臨床の橋渡しとしての役割を果たすこと」

私がそのような目標をもつまでにはさまざまな紆余曲折があった。

岐路に立ち思い悩んだこともあったが、とりあえずやってみようと一歩踏み出すことを繰り返し、今の自分があると思っている。

いくつかあった岐路のなかで一番大きな決断を迫られたのが、MD-PhDコースヘの進学である。

同コースは学部四年次終了後に一度退学し大学院博士課程へ進学、三年間大学院生として研究活動に従事し学位を取得した後、学部五年次へ再入学するというものである。

今では多くの大学で導入されているが、徳島大学においても私が大学二年のときにこのコースが新設された。

大学入学時は基礎研究に対して興味はなかったのだが、大学二年のときたまたま真面目に聴いていた生化学の講義で、最先端の研究を熱く語る教授の話に惹かれ教室に顔を出すようになった。

生化学実習では与えられた手順を黙々とこなすだけで何一つ面白さを感じることはなかったが、自ら望んで研究室に足を運び指導を受けながら行う実験では、何のためにその実験をするのか、一つひとつの手順にどのような意味があるのか、反応の待ち時間の問にどのような反応が起きているのかを理解しながら行うことで、基礎研究に対して魅力を感じるようになった。

大学四年次の春、後に私の恩師となる呼吸器内科の教授との出会いがあった。その出会いが私にとって転機となった。

教授は私が基礎研究に興味があることを知るとMD-PhDコースヘの進学を勧めてくださった。

当初は適当に聞き流していたが、教授はそこから約半年間にわたり、ただの一学生である私に熱心に声をかけ続けてくださった。

その熱意に心を動かされ、また実際にその教室に足を運んでみると、そこには尊敬できる先生方が多数おられることを知り、その環境で指導を仰ぎたいと思うようになった。

ただしそのコースヘ進学するとなると医師になるのが三年間遅れる、親に金銭的な迷惑をかける、四年間一緒に過ごした同級生と離れることになる、部活もやめなければならない。どちらに進めばいいのか、正直どんなに悩んでも頭の中で考えるだけでは結論は出なかった。

ただどのようなマイナス要素があるにしても、挑戦してみたいという気持ちがある以上、やらずに後悔するよりはとりあえずやってみようと思い、そのコースヘの進学を決意した。

どちらの結論が正しかったのかは今でもわからない。ただしそのコースヘ進み三年間肺癌の研究に携わったことで多くの経験、出会いがあり、学位を取得でき、冒頭に述べた自分の目指す道が定まったわけであり、私にとってはよかったと思っている。

(続く)

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