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研修医Aさんの場合(前編)

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当サイトでは、若手の先生方がどのようないきさつで今のキャリアプランを選んだのか、インタビュー形式でご紹介していきたいと思います。今回は「研修医Aさんの場合(前編)」です。

医療系コンサルタントである管理人が執筆しています。

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子どもの頃は体が弱くて、喘息、肺炎、髄膜炎疑いなど、物心つく前から10回近くも入院した。「子どもは医者嫌い」というが、私の医師に対する感情は決して悪くはなかった。

子ども心に「お医者さんはよいことをしてくれる人」とわかっていた。

地元のごく普通の高校に進学し大学受験となったとき、はたと困った。

「医者になるのもいいかな」と漠然と思っていたが、将来の目標としては今一つはっきりしなかった。

「経済は面白そうだし大学も楽しそうだし」と実に楽観的に、浪人を経て経済学部に進学した。ところが、いざ大学に通い出すとまるで生きているという実感がない。

「自分の人生が始まっていない」という感じがした。ここで初めて、「医師となる以外の人生はない」と思い直した。そして再び受験勉強を開始。X年かかって医学部に合格した。

無事、医学生となれたが将来は何科を専門とするかについては決めあぐねた。なんとなく、「自分は内科系かな」と考えていたとき、基礎医学実習で循環器内科にお世話になった。

実習は基礎系のはずだったが担当の先生のご好意で、PCI(経皮的冠状動脈インターペンション)やアブレーションなど臨床の現場を見せていただいた。

「これは面白い!」と思った。「内科医として患者さんのマネージメントをしながら、自分の手を使って積極的に治療にも関わっていける」と感じた。

その後の臨床医学の勉強を続けるなかでも、循環器は最も重要な分野の一つで難しそうだが病態が多岐にわたっている診療科だと感じ、興味が深まった。

5年生になったときテニス部の二年先輩の島村先生がある病院に入職された。今でも鮮明に覚えているが、ある日の深夜に突然、その島村先生が興奮気味に電話をかけてきてくれた。

「この病院はたいへん教育的で、後輩を大切にして教え育てる文化がある」と。あまりにも熱弁だったので、聞いた内容を忘れまいと思わずメモをとった。

そして翌年、その病院に見学に行った。どの先生も、見学の学生に対してもいろいろなことを教えようという熱意にあふれ、島村先生のあの興奮が実によく理解できた。

その病院以外にも、研修病院として定評のある病院を十五か所以上見学した。そして、マッチングはそのなかからその病院を第一志望とした。理由は三つある。

一つ目は「教育病院としての文化が徹底している」。二つ目は「幅広く勉強できる」。すべてを勉強することは不可能だとわかっているが、専門性を高める前に土台を広くしっかり身につけることに若いうちはチャレンジしておきたい。

三つ目は「忙しい」という点。医師としての最初の時期こそ、忙しい環境に身をおいて自分を鍛えたい。見学したなかではその病院の研修が最も厳しそうだった。

就職試験本番は、自分のこれまでの傷だらけの経歴をどう言い訳しようかホトホト困った。ありのままを言えばきっとマイナス評価をくらうだろう。本当に困り果てた。とても悩んだ。

悩んだ末、正直にすべてありのままに言うことにした。

それで落ちたら仕方がない。もし隠せば自分の性格だと後悔することになる。そもそも上手に嘘を言えるほど自分は口がうまくないと、開き直ることにした。だから受かったときは本当に驚いた。

(続く)

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